【初】体外受精を始めます。~不妊治療を決意したきっかけ~

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こんにちは、ちゅり子です★

 

暑い日が続きますが、

梅雨の中、数日晴れ間があって、洗濯が干せるからうれしいですね。

 

 突然ですが、

ちゅり子は現在、妊活中、というか不妊治療中でして、

今月始めて体外受精にチャレンジすることになりました。

 

最近、「不妊治療の保険適用拡大へ」

というニュースが出ていましたね。

 

いつぐらいから始まるのかな、

すごく気になる人は多いはず。

 

やっぱり、高額な不妊治療は、

やりたくても経済的負担が大きすぎて、躊躇している人は少なくないと思います。

 

私もその一人でした。

 

まさか自分が「不妊治療」ましてや「体外受精」をすることになるなんて、

想像もしていませんでした。

 

 

体外受精をすることになった経緯

~はじめは絶対しないつもりだった~

 

私たち夫婦は、結婚して4年半くらいになります。

 

結婚する前は、PMS月経前症候群)の軽減のために、

ピルを飲んでいたのですが、

結婚と同時にやめました。

 

最初は、

「ピルをやめたらすぐに妊娠しちゃうかも」

と思っていたんです。

 

だけど、1年たち、2年たち。

 

お互い仕事が忙しかったり、

休みがすれ違ったりはしていましたが、

 

子作りはしていたのに、子供はできませんでした

 

でも、本当に正直にお話ししますと、

私は「すごい子供が欲しい」タイプではありませんでした。

 

だからといって、「子供が欲しくない」というわけでもない。

 

心の底から子供を欲しいと思っている方が、

気を悪くしてしまったら大変申し訳ないのですが、

いまだに自分の気持ちがはっきりわかりません。

 

ただ、しいていえば、

旦那は子供が欲しそうで、

「旦那に子供を作ってあげたい」と思っていました。

 

そんな中、結婚から2年以上たったある日、

「そろそろ病院で検査してみる?」と思ったとき、

突然妊娠したのです。

 

「やっぱりできた。」

 

と、その時は思いました。

 

そして、

まだ安定期でも、ましてや心拍も確認されていない状態で、

両方の家族みんなに妊娠したことを発表していました。

 

自分が思っていたより、妊娠したかったんだ。

と、自覚しました。

 

そんな中、心拍が確認されないまま、

稽留流産

 

死ぬほどつらく、死ぬほどショックで悔しかった。

 

両家族に「家族が増えました!」と、

嬉しそうに報告した自分が、

みじめで、涙が止まりませんでした。

 

 

その時から、また「妊娠すること」を強く意識するようになりました。

 

そして今思えば、

一度自然に妊娠してしまったことが、

不妊の原因を知ること」を遅らせてしまっっていたのです。

 

「一度妊娠しているから大丈夫だろう」と、

病院にもいかず、

自分たちの身近な情報収集だけで頑張る日々が、1年続きました。

 

流産から1年経っても妊娠しないことで、

精神的つらさの限界がきて、

ようやく病院に検査に行きました。

 

先生も

「一度妊娠しているなら問題ないだろう」

と、いいました。

 

しかし結果、

原因は全く思いもよらなかった、旦那側にありました。

 

旦那の精子の運動率が、平均よりもだいぶも少なかったのです。

 

2度検査をしても同じ結果。

 

その時は、例えようもない悲しみがありました。

自分に原因があるよりつらかった。

 

落ち込んでいる旦那を、責めるわけにはいかない。

でも、正直責めている自分がいる。

 

「わたし、つらかったんだよ」って。

 

ひどい自分に嫌気もさして、

感情のコントロールができなくなりました。

 

そんな中、旦那は前向きに、

男性不妊の手術を受けてくれることに。

 

もちろん怖がってはいましたが、

みずから、「やる」と決意してくれての事でした。

 

この手術にも30万円以上はかかっています

 

同時に、人工授精も始めることになりました。

 

私の歳自体、すでに「高齢出産」の歳になっていましたし、

 

元気な精子の数が少ないから自然妊娠が厳しい

ということと、

私の卵が、年齢よりも歳をとっているために、

早く効率がいい治療に進んだほうがいいから

 

という先生のアドバイスに従ったためです。

 

もとはといえば、

人工授精すらも、するはずじゃなかった。

 

「自然に妊娠できなければ、子供はいらない」と、思っていた。

 

でも本当に、人の人生って、わからないもの

 

その時の状況になってみないとわからないし、 

 

自分の感情や決定は、その状況によっていくらでも変わるもの

 

すごく身にしみました。

 

人工授精は、

仕事をしていたことと、精神的に参ってしまったのもあり、

毎月ではなく、元気のある月だけ行いました。

 

精子の成績もだんだんと少しづつ上がっていき、

平均値を上回る月もあったのです。

 

 そのうち、

「もしかしたら自然妊娠できるかも」と、思うようになっていました。

 

人工授精も、なんだかんだで1回3万円以上はかかります。

 

妊活のために仕事を辞めていたので、

 

仕事を辞めて数か月、お互いの体を疲れさせないように気をつけながら、

自分たちでタイミングをとって子作りをしてみました。

 

しかし、やはりだめでした。

 

「やっぱりあと2、3回は人工授精に挑戦してみないと、あきらめるにも諦められないのではないか。仕事を始めるにも、もう少しチャレンジしてからじゃないと。」と、

 

久しぶりに人工授精に再チャレンジ。

 

 そこでの結果は、旦那の精子の運動率が、今までで最低値になっていたのです。

 

「これではギリギリの値で厳しいです。早めに次のステップに進んだほうがよさそうですね。」

 

 その結果に、目の前がぼんやりかすみました。

 

病院内で涙が出そうになって、こらえ、

帰りの乗り継ぎの駅の隅で、泣いている自分がいました。

 

体外受精をするつもりは全くなかったので、

「これで、終わった。」と。

 

 

そこから1か月以上、生理がきたあとも、泣いて暮らす毎日がはじまったのです。

 

寝る前に、泣く。

起きたら、泣く。

家事をしながら泣く。

 

とにかく止まらないのです。

感情が壊れてしまったようでした。

 

自分自身も、もう何に泣いているかわからないほど、

とにかく涙が止まらないのです。

 

なんにもする気もなく、仕事を探すにも気力がなく、

ただ最低限の生活をしながら泣いていました。

 

それでもまだ、体外受精という選択肢はありませんでした

 

すんなり体外受精を決意した方は、

「なぜ?」と思うかもしれませんが、

 

何十万もの大金を、必ず成功するわけでもないものにかける怖さ

 

ホルモン調整の薬を飲んだり注射をしたり、卵を取り出したりすることへの恐怖。

が、ありました。

 

2人で頑張って貯めてきたお金を、ギャンブルみたいに使ってしまうのか。

ただでさえ強くない私の精神力と体が、耐えていけるのか。

 

自信も度胸もありませんでした。

 

そんな私を毎日見ていた旦那は、

いつも優しく見守ってくれました。

 

ある日、

「ちゅり子の選択肢に任せる。体外受精をしても、このまま2人で暮らしても。

もし体外受精をするなら、今まで貯めてきた分とかもあるし、ボーナスもあるから、少しは足しにできると思う。だけど、ちゅり子の体に負担がかかることだから。ちゅり子がやりたくなかったら、やらなくていいよ。」

 

と、言った旦那に対して、

 

「正直、こわい。体外受精。」と言いました。

 

でのそのあとに、

「俺も手術するときこわかったよ。」

 

といった旦那の言葉にハッとしました。

 

私は、自分のことばかり考えていた。

旦那もこわい思いをして、手術までしたのに。

 

ここまでやって、まだ選択肢があるのに終わりにして、

本当にこの先後悔しないのか?

 

またその時、ちょうどコロナで緊急事態宣言があり、

病院での不妊治療も、自粛になりました。

 

「ああ、不妊治療ができること自体が幸せなんだな」

 

と思ったことも重なり、

 

ようやく体外受精をする決意ができたのです。

 

そして、緊急事態宣言も解除され、病院の不妊治療も再開されたため、

今月から体外受精を行うこととなりました。

 

 

きっと、不妊治療が保険適用になるのはまだ数か月?(もしかして数年?)先なのでしょう。

 

でも、子供を作る年齢は限られています。

今が一番、若くてチャンスがある時なのです。

 

保険適用を待ってからでは、遅いかもしれないのです。

 

私たちの今現在の予定では、

「3回まではやってみる。もしそれでできなければ一旦あきらめる。

その後保険適用になって、チャレンジしてみようと思ったらしてみる。」

と、なっています。

 

でも、3回の治療が終わった段階の、私の気持ちは、

今の私にはわかりません。

 

妊活は、

終わりの見えないトンネルに例えられることが多いですが、

まさに今、私たちはそのトンネルにいます。

 

トンネルの先はわかりません。

 

光が見えるのか、

 

一生トンネルの中か。

 

または、全く違う世界に出ることになるのか。

 

 

ただ、トンネルの中の、汽車の中で、

 

旦那と2人、どんなことがあっても、

泣いたり笑ったりしながら、

一生、一緒に旅を続けていきたいと思っています。

 

それが、今現在の私の決断です。