結局、人間関係は大切。リセットするものではない。

こんにちは、ちゅり子です★

 

人間関係って難しいですよね。

人間関係って面倒も多いし。

ストレスの原因も大体人間関係。

 

でも、やっぱり人間関係は大切だと、子供が出来てから思うようになったり、再認識するようになりました。

 

つらい、苦しいから、いっそ人間関係なんかやめちゃおうかな。

私には自分を大切にしてくれる夫がいれば充分。

その他の人間関係は切ってしまおう。

そう思った時期もありました。

特に不妊治療と仕事が辛くなり、私以外子供がいる姉妹や親との関係も悪くなった時、そう思いました。

それに、こんな黒い心を持った私と関わる人もかわいそうだ、とも。

 

人間関係リセット癖、って言うんですね。

 

思い返せば昔から、少しだけそんなところが私にはあった気がします。

 

卒業って言えば寂しいというより、今までの人間関係がリセットされて、新しい人間関係になる事が嬉しかったり。

転職をするのも同じ理由。

心機一転人間関係を変えたいから。

 

人といると楽しい事も多いけど、

嫌な事も多くて、それも言えない性格だった。

でも年を重ねて言えるようになってきたら、誰かを傷つけているような気になったり。

 

せっかく好いてくれた人間関係を切ろう切ろうとする私。

 

恋愛もそうでした。

最初から別れる事を考えて付き合うというか。

 

さらに時代も、いらない人間関係はどんどん断捨離!

1人でもいいじゃないか!友達がいなくてもいいじゃないか!

という雰囲気もあり。

どんどん孤立する事に逃げたくなっていました。

 

でもやっぱり違いました。

人間は群れの生き物。

助け合って生きる生き物。

 

そして歳をとればとるほど思います。

新しく良い人間関係を作る事は難しい。

 

人間関係は次から次へと変えるものではない。

 

時間をかけて育んでいくものでした。

 

もちろん育まない方がいい人間関係もあると思いますが(詐欺師とか利用してくる人とか)

 

少し嫌な事があってり気まずい事があったからって、その関係をリセットしていくのは、

他人をリセットしているようで自分の今までを否定しているような気がします。

 

そして、自分の事を良くも悪くも特別な人間だと思ってるから、リセットしようと思うのだと思います。

 

私は普通の人間。

周りも普通の人間。

普通の人間同士笑い合ったり話し合ったり助け合って生きていく。

嫌な事があったら話し合うか距離をとるか。

また会う事もあるし、繋がりが切れたわけじゃない。

 

そして自分1人や少ない人にだけ依存するのではなく、少しずつ人間関係を広げて育んでいく。

濃厚じゃなくていい。やんわりと繋げていく。

 

1人や2人より、いろんな人と関わる方が、

より新しい考え方や生き方ができる。

自分1人だけで考えている事なんて、すごいと思っていても案外ちっぽけ。

人と関われば、狭い世界より、広い世界で物事を考えられるようになる。

何か上手くいかなかった時、対処法も見えてくる。

 

そんな風に考えると、人と生きて行くのが楽に、楽しく感じてきます。

 

子供ができて、人間関係の大切さに気づかされた今年でした。

不妊治療で授かった子供。夢のような信じられない毎日。

こんにちは、ちゅり子です★

 

自分の子供はかわいい、って聞いていましたが、本当にこんなにかわいいと思えるなんて。

と、親になったほとんどの方は思うのかもしれませんね。

 

娘は1歳になりましたが、毎日かわいくてかわいくて、愛おしくて愛おしくて、

怒ってても泣いてても髪の毛を引っ張られても攻撃を食らっても、とにかくかわいくて。

 

においも感触も寝息や声や表情やウンチさえも、

とにかく愛おしくて。

 

不妊治療をしていた時は、正直、自分の子供がかわいいと思えるのか、育てる事が出来るのか、

という想いと、

不妊治療をしている自分の現実とで、押しつぶされそうになった事もありました。

 

本当に子供、欲しいのか?

子育て、つらいと聞くけど、わざわざ大金を出してつらい思いをして子供を作るべきなのか?

今の状況が惨めに感じるから子供が欲しいと思っているだけなのか?

 

他の不妊治療で子供を授かった方がどう思っているかはわかりません。

 

でも私は娘を出産して、つらい事もあるけど、とにかく幸せです。幸せすぎて涙が出るほどです。

 

今だに信じられません。

私達夫婦が2人で暮らしていた家に小さな愛しい人間がよちよちと歩いている。

かわいくて笑顔の娘の写真で飾られた部屋。

小さな洗濯物が干してあるベランダ。

おかあさんといっしょがついているテレビ。

 

今だに夢を見ているようです。

母になった事が今だに信じられず、

夫が父になっている事も信じられず。

 

どんなになりたい職業についたり、やりたい事を出来ることよりも、

娘ができたことだけが私の人生の本当の幸せのように思える。

 

今だにそんな風に考えて、涙が出る。

 

母親になることだけが幸せではない。

そう思っていたけれど、

私にとっては母親になる事が幸せだったのかもしれないと気づかされる毎日。

 

それは不妊治療の時期がつらすぎたからなのだろうか。

私がそうゆう人間だからなのか、本能なのか。

 

よくわからないけど、

やっぱり子供を授かる事は奇跡。

 

子供を望む、全ての人が、子供を授かれますように。

そしてもっともっと気軽に不妊治療を受けれたり、サポート出来る制度が出来ますように。

 

切実に切実に願います。

自立とは依存先を増やすこと【刺さった言葉シリーズ】

こんにちは、ちゅり子です★

 

皆さん、自分に刺さった言葉ってありますか?

 

私は結構不器用な生き方をしていて、傷つきやすかったり失敗も多いので、

時々胸に刺さる言葉に出会って救われることがあります。

 

いくつかあるので、勝手にシリーズ化して、

第一弾をお送りします。

 

第一弾は

「自立とは依存先を増やすこと」

 

この言葉に出会ったのは、ある理由で摂食障害の事について調べている時でした。

 

自立って、何にも依存せず、自分1人の力で生きていく事、

って感じがしませんか?

私はそう思っていたので、とても衝撃的でした。

 

依存先という強い言葉に感じるので、

依存先=頼る人、頼る事、頼る物と変換してみてください。

 

他人に迷惑をかけるな。

自分1人の力で生きていけるようにしろ。

 

そんな風に思って生きている人、多いのではないのでしょうか。

もちろん他人に迷惑をかけてはいけない時もあるし、自分1人でどうにかしなきゃいけない時もある。

 

でも、やっぱり人間は1人では生きていけない群れの生き物。

 

産まれた時から誰かの力を借りなきゃ生きていけなくて、それは大人になって人生を終えるまで変わらないのは事実。

 

1人の力で生きているように思えても、周りのありとあらゆるものが他人のおかげ。

 

お店で食べ物を買うにもたくさんの人の手があってこそ。

材料を作る人、卸す人、料理やパッケージする人売る人、店を作った人、アルバイトしている人、など。

自分1人ではその購入した物を作り出したり手に入れたりすることは出来なかったはず。

 

私たちは目に見えていないたくさんの人達の手によって今こうやって生きていて、依存しているのだと言うことに気づきました。

 

なので人を頼ると言う事は、生きていく上でなくてはならないものなのです。

 

人間は最初、親や育ててくれる人に依存して生きています。

そこから、保育園や幼稚園の先生、お友達、楽しい習い事、ゲーム、学校の先生、会社、上司、同僚、恋人、夫婦、施設のスタッフ、病院の先生や看護師さんなど、さまざまな人に依存先を広げて生きていくのです。

 

依存先がある事が問題なのではなく、

依存先が少なく増えないことが問題なのです。

 

誰にも頼りたくないから、

 

親しか、子供にしか頼る人がいない。

お酒を飲む事に頼るしかない。

恋人に頼ったり尽くすことでしか生きていけない。

などなど。

 

誰にも頼らないようにしようとするほど、何か少ない依存先にしがみついてしまう。

その少ない依存先がなくなってしまうと生きていけなくなる。

 

そんな生き方をして苦しくなっている人は多いのではないでしょうか。

 

私もそんな1人でした。

 

夫がいなくても1人で食べていけるようにしよう。職場でもみんなに迷惑かけないようにしよう。

↓なにか困難があると

助けてくれる夫と2人で生きていこう。他の人はいらない。

 

極端すぎて、人間関係を絶ったり、いろいろ失敗してきました。

 

そして私は特に、子供を産んでからこの言葉がさらに沁みるようになりました。

 

妊娠、出産、育児、どれをとっても1人の力では乗り切っていくことが出来ない。

もちろん1人で何もかもやれます!って言う人は存在するかもしれませんね。

でも必ず病院や助産師さん、ネット情報や保育園、幼稚園などにはお世話になります。

 

1人で頑張るより、夫に頼る。

夫に頼るだけより親にも頼る。

夫と親だけより地域のコミュニティに頼る。

さらにママ友にも頼る。先生にも区役所にも国にも頼る。ネットにも頼る。

 

そうやって頼る先を増やしていくと、1人に対する期待も重くないし、

もしその頼ってた人が頼れなくなったりしても心細くない。

結果依存先を増やすと、一つの事に執着した依存にならない。

それが生きていく上での本当の自立していくという事。

 

娘にもそうやっていろんな人を頼って生きていけるようになってほしい。

頼った人に感謝も忘れずに。

 

 

自立とは依存先を増やすこと

 

とても心に刺さった言葉です。

 

 

ドラマ「六本木クラス」面白い!!から揚げの天才も食べちゃった!

こんにちは、ちゅり子です★ 

 

皆さん、現在放送中のドラマ「六本木クラス」観ていますか?

私はどハマりしています。

 

元になっている韓国ドラマ、「梨泰院クラス」は何年か前に流行っていたのは知っていましたが、観たことはありません。

 

そのせいもあってか、単純に面白いなと思ってハマっています。

 

1話目を観た時は、

「なんかありえない世界だなぁ」と、ちょっとひいてみていたのですが、

気がついたらあの世界にどっぷり。

 

梨泰院クラスが流行っていた時は、内容を全く知らなかったので、

どろどろの恋愛話かと思っていましたが、(少しその要素もあるけど)

ビジネスとか復讐の話で、どっちかというと「半沢直樹」っぽいのかな。

それは香川照之さんがでてるからそう思うのかな。

 

やっぱり香川照之さんが出てると面白いなー!

箔がつく感じがしますね。

 

竹内涼真さん演じる主人公も、今っぽくないというか、昭和っぽい男性像で、

昭和生まれの私としてはなんだか好感が持ててしまうのでしょうか。

 

女性陣のドロドロも面白くなってきました。

 

ハマりすぎて、今「から揚げの天才」とコラボしているから揚げのメニュー食べてしまった。

実際にドラマ中に出てくるから揚げのレシピで、2種類あるんだけど、どっちもなかなか美味しかった!!

食べた方いらっしゃいますか?

ちなみに私は長谷ホールディングスのから揚げの方がお気に入りでした。

 

話もどんどん面白くなってきて、次は6話。

来週の木曜日が待ち遠しい★

不妊治療中だった過去の自分へ 〜手紙〜

こんにちは、ちゅり子です★

 

以前書いたブログを読み返していたら、

無事に子供を産んだ自分に宛てて手紙を書いた記事があったので、

その頃の自分に返信をしたいと思います。

 

 

 

 

不妊治療中のちゅり子へ

 

お手紙読ませてもらったよ。

書いていた事も忘れていて、たまたま目について読んでみました。

自分で書いた物なのに忘れるものだね。

 

でも、あなたの辛さと苦しさと思いは、忘れることができません。

本当に大変だし辛いよね。

人に会うのも傷つくのも嫌になっているよね。

あの頃は、周りの人から子育ての大変さを聞いて、

子供を授かる事自体も恐がっていたんだよね。

 

私は今、一歳の娘を育てているよ。

2回目の体外受精で授かりました。

 

今1回目の体外受精を挑戦中と書いてありましたが、その挑戦が失敗しても落ち込み過ぎないでね。

 

でもその頃には、「もし子供ができなくても、夫婦2人で楽しいかも」という気持ちも本当に芽生えてきます。

もっと贅沢して、楽しい人生にしようと、ちょっと奮発して買い物を始めたり。

 

そんな中、2回目の体外受精が成功するよ。

 

でも最初は出血があったり、ユッケを食べてしまったり、つわりがひどすぎたりで不安な日々を過ごします。

 

また流産しちゃうんじゃないか、ちゃんと健康な子が産まれるかって、出産するまで心配するよ。

 

でも大丈夫。

産まれた後、肺の水捌けが悪くて別室に連れていかれたり、黄疸になったりするけど、

その後は元気な女の子に出会えます。

 

泣いたことのない主人が、電話越しに泣きます。

 

パパにそっくりで、

本当に本当にかわいくてかわいくて。

月日が経つ度に愛情が増していくよ。

 

夜泣きがつらかったり、大変だったりで涙する事もあるけど、

ほとんどは満たされて、とっても幸せ。

 

私にとっては

育児で大変なことがあっても、

不妊治療している時よりは全然つらくないと、

どんなことでも頑張れるよ。

 

もちろん私たちは幸運だという事も忘れていない。

いまだにかわいい娘が私たちの元に来てくれたことが信じられないと、パパと言い合います。

 

独身だったり、子供がいなかったりするお友達には、

自分から連絡することはしないよ。

今は子供がいる友達と繋がって、いろんな育児の話を共有してる。

 

ママ友も出来ました。

 

今あなたは、人間関係が嫌になっちゃってると思うし、人が嫌いになっていると思うけど、

娘が産まれてきたことで変わるよ。

 

人に助けを求めて、人と繋がって、人と一緒に生きていこうと思えるようになります。

 

すごくつらいあなた、

今でもあなたを思うと胸が痛い。

あまり思い詰めないでね。

 

でもこの先、人生で1番幸せな日々が待っているよ。

天使に会えるのを楽しみにしていてね。

2年以上お休みしたブログ再開

こんにちは、ちゅり子です★

 

皆さん、決めた事を続けられるタイプですか?

 

私は続かないタイプです。

 

このブログも、2年前に始めて数ヶ月で辞めてしまいました。

当時は不妊治療などをしていて、その様子や、日々感じた事、映画の感想、オススメの物などを書いていました。

今はガラッと状況が変わり、一歳の女児の子育て中です。

 

不妊治療をしている方や妊活中の方などに少しでも共感してもらえる部分があればと始めたブログなのに、とても中途半端な形で終えてしまいました。

 

また、これから再度ブログを始めていこうと思っていますので、当時の不妊治療から妊娠、出産するまでの話なども少しずつ書かせていただけたらと思います。

 

私の悪い癖、「完璧に出来ないからやめよう」を今回は捨てて、もう少し気軽にブログを書かせていただこうと思います。

 

その為、ここからは、

とても軽いタッチのブログとなります。

 

主に子育て中の日常、観ているドラマなどの感想、オススメのものや日々思ったことなどをつらつらと書きます。

 

そして今までは、いろんな方に見て頂く為に少し丁寧に書いていたのですが、(これでもかよ!という感想の方もいるかもですが)

これからは主に自分のアウトプットの練習として書かせていただきます。

 

その為お見苦しいところが多かったり、為にならないことが多いと思いますが、少しでも共感してくださることがあればうれしいです。

 

何事も物事が続かない私ですので、ゆるーく、書ける時に(娘が昼寝中で抱っこしながら)書かせていただきます。

 

これから再開する、ちゅり子のゆるいブログを読んでくださる方がいらっしゃいましたら、どうぞよろしくお願いいまします★

やりたいことより大事!?やれること・やれないことについて。

こんにちは、ちゅり子です★

 

皆さんは、「やりたいこと」を追求していくタイプですか?

それとも、「やりたいこと」というよりは、「やれること」を、とにかくおこなっていくタイプですか?

 

世間では、「やりたいこと」を追求する事が主流になっているような気がします。

ティーブジョブスとかの名言でも言われていますよね。

 

「やりたいことはなんですか?」「どうゆう風にしていきたいですか?」

 

正直言って、私は、本当にやりたいことが、昔からわかりません。

もちろん、「これ食べたい」とか、「あそこに旅行行きたい」とかはあります。

 

仕事とか、生き方の面で、「こうしたい!これやりたい!」と言うのが、はっきりわからないのです。

 

「自分はこれがやりたいんだ!」という事がはっきりわからないことによって、

「やりたいこと探し」の迷路に迷い込んでいることも多い気がします。

 

 

私も節目節目に、このやりたいこと迷路に挑戦している時があります。

↓そして

出口がわからないまま、結局やりたいかどうかわからないことをする。

↓そして

そしてモヤモヤしたまま日々を過ごす。

↓そして

「これはやりたくないことだ」と思い、悩む。

 

そんな私の世界観を変えた考え方に出会いました。

 

それは、「やりたい・やりたくない」ではなくて、「やれるか・やれないか」で物事を判断して行う。

というもの。

 

どういうことか説明していきたいと思います。

 

■林 修先生から学んだ「やりたいこと・やりたくないこと」より「やれること・やれないこと」

 

以前、テレビ番組で、林先生が、「高学歴ニートの方々」を相手に授業をするというものがありました。

 

その中で、高学歴ニートの方が、「好きな仕事じゃないと働きたくない」という発言がありました。

 

それに対して林先生は、「やりたいこと・やりたくないこと」を基準に物事を考える人と、「やれること・やれないこと」を軸に考える人の話を始めました。

 

もちろん、「やりたいことでやれること」があったら最高だし、「やりたい事」を追求していくタイプを否定はしないと始めます。

 

しかし、林先生は、「やりたい・やりたくない」の軸から、「やれる・やれない」の軸で考えるようになってから、とても楽になったと言います。

 

まず、「やりたい」事というのは偶然で、

「やれる」事というのは必然だというのです。

 

「やりたい」事は、時代や情報によって変わっていく。

例えば今やりたいことが「ゲーム」だったとしたら、それは100年前に生まれていたとしたら、なかった願望。

「やりたいこと」は、情報や環境によって偶然に生まれたこと。

 

一方「できる」事というのは必然だと言い、この場合の「できる」は、自分が思っているだけの「できる」ではなく、ある程度の数の他人が認める自分に「できる」ことを言うのだそう。

 

林先生の場合は、「やりたくないけどできる」ことを平気でできる人だと言っていました。

 

林先生は、どこの塾に行っても「次また来てくれ」と言われていたそうですが、塾講師の仕事をやりたくなくて、やりたかった銀行員になったとのこと。

向いてないと思いつつやっていたが、借金なども増え、3年間で見切りをつけ、塾講師を始めた。「やりたいこと・やりたくないこと」ではなく、「やれること・やれないこと」に切り替えてから、悩んだことが一度もなくなったとのこと。

 

また、「やりたかった銀行員」というものは、当時「羽振りがよく良いイメージ」だったという情報に踊らされてただけだったんだとも言っていました。

 

私の人生を振り返っても、納得がいったし、

単純なことだけど、目からうろこの考え方でした。

 

 

■自分のやれること・やれないこと

 

私自身、振り返ってみても、「やれること」にフォーカスせず、「やりたい(と思い込んだこと)」をわざわざ選択してきたような気がします。

 

私自身、接客業は「できる」ことなのですが、なんとなく事務仕事の方が「落ち着いててかっこいいな」と思い、挑戦してみたことがありました。

まわりの知り合いにも、「事務の方が長くできるし、楽だよ」と。

しかし、試したときは最悪でした。笑

まず、私はコツコツとした事をするのが苦手だし、スケジュール管理も苦手。ずっとパソコンの前で座っているのも苦手。

やる前からわかっていた事なのに。笑

結局1年ちょっとで辞めてしまいました。

 

ただ、若いうちは、「やれること・やれないこと」が何かはっきりわからないというのもあるので、チャレンジすることはもちろんいい事だと思います。

「やりたい」事に挑戦して、失敗することも大事だと思います。(成功するかもしれないしね)

 

しかし意外と、「できること」というのは、自分の中で軽く見がちではないかと思うんです。

 

私にとっては、「接客」はなんとなく最初からできることで、事務のような細かい作業や確認をしっかりするような事は「すごい」事と思ってします。

 

また、20代前半の時に、仕事の転職を考え、上司に相談した時の事です。

もっと華やかで活躍できる仕事をしたいと思っていた私は、その旨を上司に伝えた時、「あなたは仕事をバリバリやるよりは、将来は主婦になっていい奥さんになっていると思うんだよね」と言われたのです。

その言葉は、20代の間、反発心とともに心の中にずっとあった言葉です。

「いや、私は仕事を頑張る女性になりたいんだ!」と。

でも結局、体も弱く、そんなにバリバリできない自分がいて、結局今の私は専業主婦です。そしてそれがとても心地いいのです。

 

私にとって誰かの主婦になることは簡単に「できる」こと。仕事をバリバリすることは「すごい」ことだったのです。

 

その、「すごいこと」の方がやってみたくなる。

 

こういう事ってありませんか?

 

しかしそれは、せっかくの自分の才能と時間を無駄にしてしまっているのかもしれないと、改めて感じました。

自分のできることで仕事をした方が、周りも喜ぶし、自分も楽だと思うんですよね。

 

 

■やれること・やれないことは人それぞれ違う

 

前に、東洋経済オンラインの記事で、「恋人を獲得する能力を持つ人は3割」というものを読みました。

その記事では、「現代の人に恋人や配偶者がいない人が多いのは、恋愛ができない人が増えたわけではない。昔は、お見合いという制度や、紹介が多かったからであり、現代はそういう文化が消えてきたせいだ。昔から恋愛をできるのは3割の人間」という内容が書かれていた。

また、恋愛ができない人に対して「恋愛しろ」という事は、「100mmを9秒台で走れ」と言っているようなものだとも。

 

衝撃でした。

 

「恋愛は、頑張ればみんなできるもの」だと思っていませんか?私は思っていました。

だから、恋人や夫婦になった人は、恋人がいない人に対して「頑張っていい人見つけなね」とか言います。

でもこの記事を読んだときに、自分の考えを改めさせられました。

 

「自分のできる」は「他人のできる」ではないということ。

 

これはすごく大事なことです。

 

本当に少数の人しかできないことは、みんな「あの人みたいにはできないよね」とわかります。

でも、ある程度の人ができることを、できない人がいると、「なんでこんな事もできないの?」と思います。

「努力が足りないんじゃないか」とも。

 

でも違います。

 

できないことはできないのです。

 

私自身も、子供ができません。

でもきっと、子供が簡単にできた人にとっては、「いやいやできるよ。考えすぎてるからじゃないの?こうすればできたよ。」等と言います。(もちろん悪気がなくてもね)

こっちからすると、「考えないこともやったし、いろいろやった。でも、できないものはできないんだよ」と思います。その一方で、「できないのは自分の努力が足りてないせいなのかな」と考え込んだりもしてしまいます。

 

こうやって私たちは人に対して、知らず知らずに傷つけていることが多いのだと思います。

私も今まで、大勢の人を傷つけたという認識もあります。

 

人それぞれ「できる」事と「できない」事は違う。

それであれば、みんながそれぞれのできる事をのばしていったら、とても良い世の中になるんだと思います。

 

 

■「やれること」「やれないこと」にフォーカスして生きてく事にした。

 

私は、4年以上の妊活の中で、

「本当に子供が欲しいのだろうか?」と考えることが多くありました。

 

それを考えた時、答えは、「NO」の事が多いのです。

 

子供が出来たら自分の時間もなくなるだろうし、疲れるだろうし、嫌だな、と。

それなのに自分は妊活をしているという矛盾で苦しんだこともかなりありました。

 

じゃあなぜ妊活をしているのか。

今の年齢でしかできないことだし、旦那のために子供を作ってあげたいし、何より、私たち夫婦は、子供にいっぱい愛情を注いであげることができると思っているからなのかもしれません。

 

子供ができないなら、それは「やれない」事なんだからやめれば?という声も聞こえてきそうですが、(この流れだと、それも一理ありますが)

 

今の時代は不妊治療というものがあって、体外受精という事ができる。

私たちには幸いにも治療費を払えるだけの貯金もある。

そして、今の年齢だったらできるかもしれないこと。

 

それだったら、「やりたいかどうか」ではなく、「やれるかどうか」を軸にして考えようと思った時、悩みが一つなくなりました。

 

「今は体外受精というチャレンジができる。子供が本当にいるかどうかという事は、もう考えないようにしよう」と。

 

このチャレンジで、できるところまでやって、

できなければ、それは本当に「できなかった」事として、

新たな「やれる」事を探していたいと思います。

そう思っていたいと思います。

 

もし皆さんの中にも、「やりたい」事探しに悩んでいる方がいらっしゃれば、

「こういう考え方もあるんだ」と、思ってもらえたらうれしいです。